新しい教育を希望される方へ
好きな事ならばとことん集中できる、ITを使った学習の方が勉強がはかどる、 PBL(課題型学習)中心に学習がしたい、 Active Learning(アクティブラーニング)で学んでみたい、 主体的な学習、双方向授業、ICT教育、、、 あなたの望む学習環境が東京インターハイスクールにはあります!
★新しい教育を求めて
・ 「自由」の中で学びたいテーマを見つけた  卒業生 KOさん
・ 2007年卒業 不登校からの大学院進学、第一志望の会社に就職しました 卒業生 Sさん
・ 2011年卒業 社会に貢献できるビジネスを立ち上げたい 卒業生 AN.さん
・ 2007年卒業 社会にでてから必要な「思考力」が身に付く学校 卒業生 Kさん
・ 自分の可能生にもっと挑戦したい 以前の高校では得られない経験が出来た! 卒業生 S.さん

・ 高1からの新入生 :H.A.さん
・「人生を変えたスノボーでカナダへ留学」 卒業生 K.I.さん
・ いろいろな視野や文化を持つ友達に刺激を受けたクラス 大学で学びたい事はここで見つけたヨウコさん
・ 私たちの原点はインターハイスクールです 卒業生 M.さん、Y.さん
・ 東京インターハイスクールで学んだこと  卒業生 H.D.さん
・ 「体調を壊して高校を中退した僕を しっかり受けとめてくれたインターハイスクール 」 卒業生 Y.H.さん
・ 「カリスマ・トレーナーをめざす」 卒業生 N.M.さん
・ 「いつか自宅で、ネイルと着付けのサロンを開く」 卒業生 H.Y.さん
・ 「国際経営学を学んで経営者になるのが夢」 卒業生 A.I.さん

「自由」の中で、学びたいテーマを見つけた  卒業生 KOさん

写真KOさんは両親に期待されていた大学付属の中高一貫校からの進学を辞め当校に編入しました。参考書が好きで大学進学の為の学習計画はすでに一人で立てることが出来た彼がインターハイスクールで見つけたテーマとはなんでしょうか。(インタビュー 学生部:大槻)


大槻 入学の経緯から教えて下さい。

KOさん 付属中高一貫校から編入しました。もともと中学受験も自分の意思ではなく両親ともに付属の大学出身なのでなんとなくでした。高1になってこのまま、付属の大学に進学するのは意味ないと思い始めました。そう考えだしたら毎日学校行くのがいやになってしまい、転校先も決めないまま退学したんです。

インターハイスクールのことはインターネットで検索して見つけました。自由度が高くて海外への憧れもあったので、自分から電話し、一人で学校説明を聞きに行きました。


大槻 入学してみてどう感じました?

KOさん 自由ってむずかしい、なと。縛られたくなくて前の学校を辞めたので、自由になれればなんらかの成果を出せると思っていたけど簡単じゃなかったです。でも時間割にしばられず、いろんな事に考えをめぐらせ、自分の軸となるような経験をすることができました。

大槻 どんな事を考えてたんですか?

KOさん 「幸せ」についてです。自分が選択や行動をする時、どちらを選べば、どう行動すれば「幸せになれるか」ということを基準に考えているとわかったんです、語学留学をしたフィジーも「世界一国民の幸福度が高い」ということで、語学はもちろん、現地の人の幸福度が高い理由を探ってみたいという気持ちもありました。

大槻 進路について影響はありましたか?

KOさん 「幸せ」について考えていると「コミュニティー」「居場所」が大きく作用していると感じました、それからフリースクールなどでボランティア活動し、その経験をまとめ自己推薦の資料としました。学部を考えるときは、「幸せ」を多方面から追求したいので、心理学や空間デザインなども視野にいれています。

大槻 大学はどんなことをしてみたいですか?

KOさん 僕の知らない事を知れる、気づきの多い活動がしてみたいです。


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2007年卒業生
不登校から大学院進学、第一志望の会社に就職しました  卒業生 Sさん

写真卒業したSさんが就職の報告に来校してくれました。 中2で不登校を経験、中2生対象のジュニアコース(当時はプレップ塾)に入学、その後インターハイスクールの本科生になり、最終学年で姉妹校のアットマーク国際高校に編入しました。(インタビュー 学生部:大槻)


大槻 4月から新入社員として働いているそうですね。

Sさん はい、大学と大学院で化学を学び、その知識経験を活かせる会社に入社しました。新入社員は残業してはいけないのですが、もっと働きたい!って思うくらい楽しいです。

大槻 どのような経緯でインターハイスクールに入学したのですか?

Sさん 中2のころ、人間関係が原因で学校に行けなくなりました、母がテレビの情報番組でインターハイスクールのことを知り入学しました。

大槻 どのような学習をしましたか?

Sさん とにかく好きな事を学習しました。コントラクト(学習計画)で悩んだ記憶はありません。当時から理系科目が好きだったので、数学では定理の名前の由来などを調べレポートにまとめました。オルカフェスタ(学習成果発表会)では天体観測、星の種類等を発表し賞を頂いたこともいい思い出です。。

大槻 大学ではどのような経験をしましたか?

Sさん 大学では化学の中でも「分析」に興味があることに気がつきました。 後輩や友人の話しを聞くとゼミ選びや、就職か大学院かで迷った話しなどを聞きますが 私は迷った事はないです、それはインターハイスクールで中2のころから好きなことをやり続けているからだと思います。

大槻 最後にインタハイスクールに入学を検討している方にメッセージをお願いします。

Sさん 人間関係で学校へ行けなくなった私はアットマークインターハイスクールで充実した学校生活を過ごすことができました。好きなことを好きなだけ学べた環境は今の自分にとって大きな糧になっています。是非皆さんもアットマークインターハイスクールで『未来の自分』を見つけてみませんか?


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2011年卒業生
社会に貢献できるビジネスを立ち上げたい  卒業生 AN.さん

写真米国で生まれて日本で育ったANさんは幼いころから学校に違和感を覚えていました。小学校の中学年で米国に行きたいと両親に相談。中学校2年生から2年半、米国に留学することが叶いました。(インタビュー:教務主任 高橋有希子)


高橋 インターハイスクールに入学したきっかけを教えてください。

ANさん 米国留学中に日本に戻ることになり、日本の高校やインターナショナルスクールを検討しました。母が検索でインターハイスクールを見つけました。Freedom Learningというキーワードに惹かれて入学しました。

高橋 インターハイスクールで過ごした一年半を教えてください。

ANさん 単位振替をして残り単位を履修しました。小さい頃は歌手になりたかったのですが、Projectで大使館めぐりをしたときに、いろいろな人に出会い文化人類科学を目指したいと思うようになりました。ンターハイスクールでは初めての学習スタイルでどんな興味も単位につながるので見方が変わりました。

高橋 その後米国の大学を目指すことにしましたね。今はどうしていますか?

ANさん 米国に渡り、Community Collegeに入学し、地元の会社に就職したりと色々な経験をして帰国しました。これからはTEFLという英語の資格やLife Coachingの資格を取得し、自分自身のビジネスを立ち上げて世の中に貢献したいと思っています。

高橋 ぜひこれからも学校に顔を出しに来てください。今日はありがとうございました。




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2007年卒業生
社会に出てから必要な「思考力」が身に付く学校  卒業生 K.さん

写真2003年にKさんは社会人としてインターハイスクールに入学をしました。起業をしたばかりで、仕事と学習の両立ができる面白い学校だという記事を読売新聞で読み入学に至りました。在学中は仕事が多忙になったこともあり、休学もしつつ4年かけて卒業をしました。現在は企業のコンサルタントとして活躍しています。 (インタビュー:教務主任 高橋有希子)


高橋 バックグラウンドを教えてください

Kさん 高校進学は推薦で地元の商業高校に入学しましたが思うところがあり入学してから10ヶ月後に退学しました。

それからはバンド活動やピアノの先生のアシスタントのアルバイトをやりながらお金を稼いで、17歳で上京し音楽養成スクールに通いました。音楽と生活の両立のためにアルバイトを始めたのが、インテリジェンスという人材派遣の会社です。

今では大きな会社になりましたがアルバイトをしていたときにはまだ小さなできたばかりの会社でした。その後会社が上場し、ベルシステムの子会社などを経て29歳で起業をしました。

高橋 インターハイスクールの在学中に苦労したこと、思い出などは?

Kさん 仕事の関係上プライベートな時間をしっかり確保することが難しい状況でしたので、時間のやりくりに苦労しました。思い出は、そういう状況でレポートが全然進まず「在学しているだけ」になりかけていた状態でもコマメに連絡をいただいたサポートティーチャー(現学習コーチ)や、スタッフの方のおかげで「もういいや」とならずに済んだことです。

高橋 在学中はどんなことを学習しましたか?

Kさん 決算書を数学の学習にしたり、好きな歴史のリサーチをしました。また実務学として仕事に従事する時間は自由選択科目でも履修しました。

歴史好きが高じて次は観光のポータルサイトを立ち上げる仕事をする予定です。また通信制の大学に入学して歴史の勉強をし直します。

高橋 最後にインターハイスクールを検討するみなさんへひとこと。 

Kさん 自由に学ぶことができるということは、自分で課題を発見し、解決までの目標とプロセスをきめる必要があります。

決まった時間に通学するわけでもないので自己管理も大事です。このことは社会に出た時に、一番求められることです。この学校では「思考力」が身につくことが特徴です。

自分で主体性をもって学んでいきますから、気づいたら学習していたこと以外にも実に様々なスキルや知識が身についています。いつでも「未来の自分」を楽しみにしていてください。


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自分の可能生にもっと挑戦したい
以前の高校では得られない経験が出来た!    卒業生 S.さん

梅野さんは高2まで九州の私立進学校に在籍していました。部活や勉強で毎日帰宅するのが8時過ぎの忙しい日々を送っていました。家族で東京に引っ越した際、大人になったら海外で活躍したいという目標もあり東京インターハイスクールに編入しました。卒業後3大学に合格し、第一志望に進学しました。(インタビュー:教務主任 高橋有希子)


高橋 東京インターハイスクールでの1年3ヵ月の学校生活はいかがでしたか?

Sさん 日本の高校の授業では先生にあてられないように息をひそめていました。東京インターハイスクールのクラスは少人数で、みんな自由に発言をしている様子を見て驚きました。「自分もありのままでいいのだ、クラスで目立っていいのだ!」と気が付きました。

高橋 友人関係はいかがでしたか?

写真Sさん 沢山の素晴らしいお友達に恵まれました。生まれが海外だったり、インターナショナルスクール出身だったり、在日外国人や不登校生とみんなバックグランドが違うので、お互いを認め合い人にやさしい生徒ばかりです。自分の生活や学習態度も他生徒の様子を見て凄く良い影響を受けました。

高橋 どんな風に影響をされたのでしょうか?

Sさん 以前は勉強を強制的にやらされてきたから、自分で「何故?」と考えることがありませんでした。東京インターハイスクールでは決められたカリキュラムがないので、自由には責任が伴い大変だと気づかされました。入学当時はじめは何から手に付けてよいかわかりませんでしたが、学習コーチの親身なサポートと友人たちの学習の進め方を見ているうちに自分も自立学習を実践できるようになりました。在学中に自分で選んだフィリピン短期留学も学校の卒業単位に認められたのですごく魅力的でした。

高橋 受験も頑張りました。 

Sさん 在学中は卒業に集中していたので受験対策が遅れましたが、第一志望を含め3つの大学に受験して合格しました。

高橋 東京インターハイスクールは、梅野さんにとってどんな学校でしたか? 

写真Sさん 一言でいうと自分の「Turning point(分岐点)」です。以前と比べて海外や外国人についてもっとポジティブな見方になりました。勉強も比較的好きになりました。先生たちが親身になって、私たちが企画した課外活動やフィールドワークの実現をサポートしてくれました。東京インターハイスクールにもっと早く入学して、もっと多方面での自分の可能性に挑戦したかったです。

高橋 将来はどんなことをしていると思いますか? 

Sさん 航空会社で働きたいと思います。英語だけでなく他の言葉も学びたいです。 

高橋 ありがとうございました。

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高1からの新入生 :H.A.さんのケース

photo11H.A.さんは学校システムに不信感を持ち、中学2年で不登校になった時に高校教師だった父親の勧めでインターハイスクールに入学しました。実務科目単位になるアルバイトと他教科を両立させながら、自分が興味を持つ宗教や哲学を中心に学習を開始して、最終学年に姉妹校のアットマーク国際高等学校へ編入、同校を卒業して同志社大学に進学
しました。 


担任(学習コーチ)よりのコメント

H.A.さんを表すなら「頑張屋+自立心旺盛」です。興味あることから学習内容を練り上げ、大学生でも書けないような素晴しいレポートを提出しました。
インターハイスクールでの学習経験から得た自信を持って志望校を受験しました。進学先の同志社大学のパンフレットにも紹介された努力家のH.A.さんが、様々な場所で評価されるのは嬉しいです。

H.A.さんの学習履歴

H.A.さんは新入生としてインターハイスクールに入学しました。
卒業に必要なすべての単位を2年5ヶ月で履修して米国ワシントン州政府公認の高校卒業資格を取得、3年目の9月に姉妹校(アットマーク国際高等学校)に編入して日本の高校卒業資格も取得して同志社大学に進学しました。

学習履歴

H.A.さんの主な単位履修例は

A)古代ギリシャ数学を学んで数学単位を履修。
B)宗教への興味から、日本仏教史を日本史単位として履修。
C)スーパーでのアルバイトを活かして、食品添加物を調べて自由選択科目を単位履修。 

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「人生を変えたスノボーでカナダへ留学」 卒業生 K.I.さん

学校でつまずいた僕をスノボーが救った

photo01ふさぎ込んでいる僕を見かねて、「スノボーしに行こう!」と、当時大学生だった兄がスキー場に連れて行ってくれました。それが、僕とスノボーの初めての出会いでした。そのとき僕は、高校2年生で受験して入った全日制の進学校が面白くなく、悶々とした日々を送っていました。 

生まれて初めて体験したスノボーはイヤなことをすべて忘れさせてくれ、全身で板のバランスを取りながらゲレンデを滑り降りてくる爽快感にやみつきになりました。それからというもの、時間とお金が許すかぎりスキー場に通ってスノボー三昧をしていました。スノボーにのめり込むうち、いつか資格を取ってインストラクターになりたいと考えるようになり、以前から海外に留学してみたい気持ちもあったのでスノボー留学が当面の目標になりました。  
通っていた高校は2年で自主退学して、高3の4月からインターハイスクールに編入しました。最初の頃は時間をもてあまし、夜更かししてTVゲームばかりやっている生活でした。そんな僕を見て、両親はとても心配したと思います。実家は静岡で、お茶とブルーベリーを栽培しているので9月にニュージーランドへ行くことを決めてから、少しでも旅費の足しにするために家業の手伝いをけんめいにしました。
待ちに待った9月、僕にとって初めての海外一人旅です。ニュージーランドでは1週間のスケジュールに沿った規則的な生活だったので、帰国してからは、ダラダラした生活が急に「もったいない!」と感じるようになりました。9月下旬には、インターハイスクールの屋久島研修学宿にも参加しました。この研修で僕と同じような悩みを抱えてインターハイスクールで学習している生徒2人と出会い、とっても良い友人関係が作れました。

カナダのウィスラーに留学し、資格を取得

 カナダにある北米最大のスキー場、ウィスラーに念願のスノボー留学を果たしたのは翌年2月のことです。もちろん、スノボーのための留学ですが、語学研修もみっちりしました。なにしろ、インストラクターを目指す人たちが世界中から集まるスクールです。スノボーインストラクターの資格だけなら、日本でも取れます。でも、ティーチングスキルに関しては、カナダは先進国。日本のスノボーがスキルアップに重点を置くのに対し、カナダでは、生徒にいかに楽しく安全に雪と遊ぶかを徹底して教えます。

カナダでホームステイをしながらインストラクターの資格取得を目指していた最中に左上腕骨の複雑骨折をしてしまいました。目の前が真っ暗になりました。幸運なことに帰国する予定を延ばしていたので、早急に病院で上腕にプレートを入れて骨を固定する手術を受けて、試験に合格することができました。苦しい中で“レベル1”のライセンスが取得できたことは、スムーズに資格を手に入れるより何倍もうれしかったです。

同年11月“レベル2”に挑戦するために再度カナダに留学しました。“レベル1”は子供と初心者を教えるノウハウですが、“レベル2”は中級レベルのスノーボーダーを指導するライセンスです。“レベル2”を持っていれば、世界中の山で公認インストラクターとして通用するので、“レベル2”を是非取得したかったのです。半年近くウィスラーに留まり“レベル2”の資格を取得しました。

冬はインストラクター、夏はキャンプの世話役

 新潟県妙高市に「ARAI MOUNTAIN AND SPA」というリゾート施設がります。ホテルあり、スキー場あり、フィットネスあり、スパありというマウンテンリゾートです。僕はそこの冬季スタッフとして就職しました。仕事はもちろん、スノーボードのインストラクターです。
でも、夏は小学生対象のキャンプが開催され、チビッコたちの世話役もします。それ以外の季節は家業の手伝い。会社に就職して拘束されるより、このライフスタイルが自分にはすごく合っている気がします。何度か海外を体験して、日本の良さも再認識できたので時間があると国内の一人旅に出かけます。いまいちばん気にいっているのが京都です。お寺に行くと、心から「いいなぁ」って落ち着きます。

インターハイスクールは、ネットを通じて自学自習するシステムだから、世界中どこにいても学校にいることになります。日本では静岡から、留学中はカナダからいつでもアクセスして学習することができました。
最初に自分が担任(学習コーチ)と一緒に設定した課題を学習してネットで報告すれば、いつでも、どこでも自由に好きなことをやれる、それがこの学校の最大の魅力です。 
卒業するまで担任(学習コーチ)がしっかり生徒をサポートしてくれたし、いろんな学校行事に参加して仲間もたくさんできました。普通高校をやめて、インターハイスクールに編入して本当によかったと思っています。

iiida

プロフィール

KIさん

・普通高校入学
・インターハイスクール 編入
・2回9ヶ月 カナダウィスラーに留学 
・スノーボードインストラクター・“レベル2”取得
・インターハイスクール 卒業



他校からの編入生 :T.I.さんのケース

T.I.さんは全日制の高校に不満があり悶々とした日々を送っていた時、兄さんに誘われて行ったスノーボードにのめり込みインストラクターになりたいという目標ができました。
そして高校を2年で辞め、3年生の4月からインターハイスクールに編入しました。
在学中に念願だったカナダに留学、英語研修と並行してスノーボード・インストラクター・レベル1を目指しました。
しかし試験直前に腕を骨折して留学期間を延長して、ようやくライセンスを取得した苦い経験をしました。
その後も在学中に再度カナダに留学して上級ライセンスを取得しました。
T.I.さんは、自分の好きなことをいつでもどこでも学習できるインターナショナルな通信制高校、インターハイスクールの魅力と利便性を最大限に活かして日本とカナダの両国で学習しながら自分の夢を実現しました。 

T.I.さんの学習履歴

T.I.さんは前籍高校2年生までの単位を振り替えました。
アクティブなT.I.さんは、当校の屋久島キャンプに参加して大好きな旅で得た経験を上手に学習に取り込みました。
京都を旅したときは、旅先で撮った写真とビデオを使い日本史のレポートにまとめ、ニュージーランドの一人旅やカナダ留学の体験は英語の単位として履修しました。

学習履歴

T.I.さんの主な単位履修例は

A)新聞から関心のある時事をレポートにまとめ、社会科単位を履修
B)ニュージーランド、カナダ滞在中の英語研修、英語単位を履修
C)京都で歴史的な場所を調べ年表にまとめる、日本史単位を履修

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いろいろな視野や文化を持つ友達に刺激を受けたクラス
大学で学びたい事はここで見つけました。    卒業生 ヨウコさん

中学校3年生の6月の時に東日本震災をきっかけに北海道に山村留学をする弟さんとお母様と共に引っ越しをしました。 中学校卒業し、進学をする際に道内の英語科のある高校を探しましたが自分に合った高校が見つかりませんでした。東京と北海道と行き来する生活でも学習をすることができる東京インターハイスクールを選びました。
(インタビュー:教務主任高橋有希子)

高橋 東京インターハイスクールに入学して2年で卒業をすることができました。おめでとうございます。入学した当初はいかがでしたか?

ヨウコさん 北海道の村に住んでいたので他の生徒が何を勉強しているかわかりませんでした。スカイプ面談を週1回しながら手探りで学習を始めました。学習をしているうちに適切なタイミングでアドバイスをもらって、軌道に乗りました。

高橋 入学して初めての夏休みに東京に帰ってきましたね。

ヨウコさん 東京に数カ月滞在した際に毎日のように学校に通ってクラスに参加しました。同い年の人たちが様々なバックグラウンドや国籍、文化を持ち、英語を流暢に話している姿を見て自分の視野も広がりました。

写真高橋 インターハイスクール時代に頑張った学習はどんなことですか?

ヨウコさん 高卒認定の試験に一発合格をしました。過去問を何度も解きました。またアメリカの歴史では、American History for Kidsというサイトで英語と歴史を同時に学ぶことが出来ました。雪かき、学童のボランティアやエスキモーの方が道内を訪れた時の通訳などは体育や実務学や英語の単位になりました。

高橋 陽子さんらしいユニークな学習をしつつ基礎学力もしっかりと身に着けたようですね。
卒業後はどうする予定ですか?

ヨウコさん 同学年より一年早く卒業が出来たのでギャップイヤーを利用して今までできなかったアルバイトや受験勉強に力を入れます。アメリカの歴史でその時代の生き方に魅力を覚えたので、大学でもその方面の学習をする予定です。

高橋 よいお友達もできて、今度もお台場の蝋人形の展示会に一緒に行く予定ですね。

ヨウコさん 東京インターハイスクールではずっと日本にいる生徒さんでもいろいろな言葉や文化との出会いがあり視野が広がります。自分で決めてやってくことは社会に出ると当たり前になります。それを高校時代から経験で来て良かったときっと思うことが出来る学校です。

高橋 今日はどうもありがとうございました。 また学校に遊びに来てくださいね。進学、アルバイトを頑張ってください。

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私たちの原点はインターハイスクールです  卒業生 M.さん、Y.さん


本日はそれぞれ社会人2年目と大学4年生という多忙な中、学校に遊びに来てくれてありがとうございます。Mさんはテンプル大学に進学して卒業後、首都圏の病院で地域医療の推進を担当している社会人です。
(インタビュー 元担任:高橋有希子)

Yさんは、スリランカでボランティア活動に参加した後に東洋大学へ進学して社会学を勉強しています。Yさんにお会いするのは、実に7年ぶりですね。Mさんも就職が決まり報告を受けた以来です。

お二人は2002年にインターハイスクールに入学し、Mさんは2004年、Yさんは2005年に卒業しました。今までずっと連絡を取り続けてくれたことに感謝します。今日はお二人のインターハイスクール時代の思い出と、今の様子などをお聞きしたいと思います。

Q.入学の経緯についてお聞きします

Mさん アメリカに父の転勤で住んでいて日本に帰国後に私立女子高に入りました。アメリカの自由なカリキュラムや規則から一転、すべてが決まっている学校に自分は合わないと思いました。そんなときにインターネットでインターハイスクールを見つけました。

Yさん わたしは長い間不登校生でした。普通の学校や集団、先生のひいきが嫌でした。学びたい意欲はありましたので自分のペースで、目標を立てて学習を進めることができるインターハイスクールはぴったりでした。

Q.インターハイスクールの思い出深い学習内容やイベントはありますか?

Mさん Think Questというホームページにインターハイスクールから5名ほどのグループを作って応募したことです。テーマはその年に起こった9.11のアメリカのテロ事件を取り上げました。インターハイスクールは個人で学習を進める学校ですが逆に人との関わりが大切だと思えるようになりました。 Yさん そういえば、Think Questのメンバーたちは日本全国に散らばっていたのでMSNメッセンジャーを使ってネットミーティングをしました。第一次審査が通り、2次審査向けに学校でプレゼンテーション用のビデオ撮りをしたことが記憶に残っています。

高橋 あのときは二人とも、自由選択科目や時事問題の学習として頑張っていましたよね。 

Mさん 高橋さんのご自宅で英語レッスンを5,6名で受けていたのもよい思い出です。集団ではなく個別指導でお茶を飲みながら楽しく英語を学びました。

Yさん そういえば、わたしも何時間もかけて通いました。

高橋 そんなこともありましたね。今は日本語を教えていますが、あの頃は英語でした。

Yさん わたしの原点は屋久島の修学旅行です。一般的な学校の観光のような修学旅行とは違って、青年村のバンガローに泊まり、食事はほとんどみんなで自炊をしました。夜の真っ暗な中星空を見上げたり温泉に入りました。 それがきっかけとなって、卒業後にNPO団体のボランティア活動を始めました。スリランカには5回ほど行って、井戸を掘ったりお友達を作ったりしました。 

高橋 学生が作ったお食事をいただくのはおいしく、屋久杉の森を登ったりする引率も楽しかったです。ぜひ次のインターハイスクールの企画ではお二人にボランティアとして参加していただきたいです。

インターハイスクールの経験のどんなところが今の自分に影響を与えていますか?

Mさん インターにいた期間は自分にとっては準備期間でした。コツコツ勉強することが目標を達成する手段です。テンプル大学在学中にはそれらの姿勢が大いに役に立ちました。意欲を持って臨むことは社会人になって生かされています。分からないことでも、とにかくあきらめずに続けることを学びました。

Yさん いろいろな観点から一つの学習を学ぶこと。インター在学中に犬と猫の性格の違い、ドライアイスを見たときの反応の違いから犬と猫の生物学的な観点を科学として勉強しました。学習目標を考えそれに到達するための手段を選ぶ方法を学びました。大学のゼミでも積極的にインタビューに出かけていったりすることはインターで学んだことです。

高橋 いつまでも話が尽きません。当時のことをいろいろと思い出し懐かしくなりました。次は何年もあけないで逢いましょう。栗原さんの就職が決まった時にお食事にいっしょにでかけましょう。本日はありがとうございました。

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東京インターハイスクールで学んだこと  卒業生 H.D.さん

イメージ 東京インターハイスクールで、自分の関心のあることをどんどん追求して勉強することができてとても良かったです。しかし、何よりも私にとって良かったのは内容ではなく過程の部分でした。

まず、それぞれの教科に応じて自分に合った勉強スタイルを知ることができました。東京インターハイスクールに入って自分と向き合う時間が増えたことや、今までの「授業を聞いてノートをとる」というスタイルでなくなったことで、自分は何をすればこの分野を一番理解できるだろう、と改めて考える機会を得ることができました。情報をどこから収集するか、まとめノートを作るのか、感想文を書くのか、どのような成果物にまとめるか、様々な方法を試すことで自分流のスタイルが分かってきました。

その他にも、勉強する時間帯や場所、一日何時間勉強するかなども自分に向いている方法で勉強できるようになったと思います。自分に合った時間の使い方や勉強法などを発見できたことは、大学に入った今も役立っています。本当に良かったと嬉しく思っています。

他にも、情報収集が上手くできるようになりました。勉強するための本一冊から自分で集めるのは、とても良い経験になりました。前の学校では渡されていた教科書で満足してしまい、分からないことがあってもその教科書しか参考にせず何とかしようとしていました。それが、たとえば歴史を勉強した時は2つの教科書をベースに、それぞれの出来事をその都度専門に書いてある本を読んだり、関連した映画を観たり、その時代の展示がある博物館へ行くなどして勉強を進めました。この方法が私に合っていたのは、同じ出来事でも一通りではなく、何通りかの言い回しがあることで理解が深まったからです。また複数の資料をみることで、新しい視点が書いてあったり、違う角度からの記事が載っていたりして理解が深まることもありました。図書館や博物館など、今まで行かなかったような教育施設も多く活用するようになりました。 

私は帰国子女なので、英語をより上達させたいという気持ちがありました。一方、日本史や国語力が低かったので、自分に合ったレベルで勉強をしたいと思っていました。東京インターハイスクールでは、それがすべて学校科目として実現できたので良かったです。

大学生になって、東京インターハイスクールでの経験がすごく役に立っていると感じています。入学してすぐに授業を選択するときも、自分の好きなことがハッキリ分かっていたので、悩むことなく興味のある授業を選ぶことができました。また、学業とそれ以外の事の両立やテスト前の勉強方法も充実しています。東京インターハイスクールで得た経験を、大学生活でどんどん活かすことができて嬉しいです。自分でがんばった努力が報われている感じがします。この自信は大学だけでなく、社会人になっても私を助けてくれると思います。 

  
(↑今学期は上智大学大学長の「Dean's List」に優秀生として選ばれました。)

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「体調を壊して高校を中退した僕を しっかり受けとめてくれたインターハイスクール 」 卒業生 Y.H.さん

photo10私立高校に通っていた2年の頃、アレルギー体質が悪化して体調を壊し通学が困難になりました。「体力的にキツイから学校を辞めたい」と思っても、次のステップが決まらないうちは不安でした。
そこで、「登校日ゼロ日の学校は」と探したらインターハイスクールに出会いました。

インターネットで学習して卒業時には、アメリカ・ワシントン州私立高校アルジャー・インディペンダンス・ハイスクールの卒業資格がもらえるということで親も納得しました。
僕の担任(学習コーチ)は、その頃カリフォルニア州のサンノゼ(シリコンバレー)に住んでいて、フリーネットサービスの「skype;スカイプ」を利用してインターネット電話やチャット、メールで個別指導を受けていました。
周囲の人に卒業時にはアメリカの高校卒業資格が取れることや、個別指導の先生がカリフォルニアにいてネットサービスを活用して学習していることを理解してもらうには苦労しました(笑)。僕はインターハイスクールで学習できたこと、担任(学習コーチ)が親身にアドバイスをしてくれたことに大変感謝しています。
  インターハイスクールでは、前籍校での修得単位がそのまま認められます。入学当初、履修科目の進め方が分からずにいると「好きなことからやろう」という学習コーチの指導下、先ずは興味があった英語の勉強からスタートしました。英検2級を目指したのもこの時期です。自由選択科目のテーマ学習では、アルバイトで学んだことをレポートにしたり、アーティストのホームページを制作したり、大好きなスウェーデンのロックミュージシャンのファンクラブ・サイトを立ち上げたことなども卒業単位として認めてもらえました。自分の関心事ついて調べて学習するのは、すごく達成感があると思いました。
P.E.(フィジカルエデュケーション:体育科目)は、通っていたスポーツ・ジムでのトレーニングや、冬のスノーボードも単位になりました。ユニークな学習プログラムと個別指導の担任(学習コーチ)のサポートのおかげで、僕はインターハイスクールで充実した時間を過ごし卒業できました。

縁あってポーランド語を勉強。
でも、ポーランド留学には困難が…

 中学で3年間バスケットをやり、生徒会長も経験しました。ところが体調を崩してからは気力が出ずに、悔しい思いをしました。 
進路は理系を志望していましたが、気がつくと外国語にすごく興味を持っていました。ネットのペンパル・サイトで知り合ったポーランドの学生と、英語メールのコレスポンダンスをしてからポーランド語に興味が湧き、独学でポーランド語を勉強し始めました。インターネットでポーランド語を教えてくれる語学の先生にも出会いマンツーマンで教えてもらいました。
そして、ペンフレンドを訪ねてポーランドで3週間ホームステイをしたら益々ポーランドが好きになり、将来はポーランド語の通訳や翻訳をして「日本とポーランドの架け橋になるような仕事」をしたいな、と思いました。
ポーランドは日本の田舎のようにのんびりとしていて人も親切です。ポーランド留学を視野に入れて学校を調べたところ、ポーランドには大学付属の外国人向け語学学校があり研修後に大学へ進学も可能だと分かりました。しかし、僕が関心のある専攻がその大学にありませんでした。語学研修だけということもできますが、それではただ「ポーランド語学留学」で終わってしまいそうで不満です。希望する進路につながるような留学は難しいと思い、ポーランド留学は暫らくお預けにしました。

体調回復とともに自信を取りもどし、
ファッションへの情熱が花開いた

 ステロイドを使わずにアレルギー治療する先生と出会ってから体調がよくなり、「もう入院の心配はない」と診断されてから自信が持てるようになりました。
インターハイスクール在籍中に川崎の大型商業施設にあるブランド店で洋服を販売するアルバイトを始めました。もともとファッションが好きで、ファッション雑誌や販売に関する専門誌に関心がありました。
そのころからファッションへの興味が一気に高まり、ディスプレイや接客に関しても勉強して職場で実践しています。好きな仕事だから、長時間働いたとしても疲れません。
最近は、専門学校に進んでもっと本格的にファッションのことを勉強して、将来はファッション関係の仕事を通してポーランドと取引できればいいなと考えています。ポーランド語の勉強も続けるつもりです。

<担当(学習コーチ)からひと言>
在校中コミュニケーションを絶やさなかった、とてもサポートしがいがあったYHくんです。日本とアメリカでは時差があるので、お互い相手が起きている時間を見はからってスカイプしていました。卒業後にファッション関係のスイッチが入ったことには正直ビックリしました。本人はアメリカの高卒資格で日本の専門学校に進学できるか心配していましたが、全く問題ありませんでした。


プロフィール

YHさん

都内私立高校入学
インターハイスクール編入
同校卒業
ファッションデザイン専門学校入学


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「カリスマ・トレーナーをめざす」 卒業生 N.M.さん


通学がイヤだったボクが学校に通い始めた

photo08
中学の頃から不登校になった僕に、ある日父親がインターハイスクールの冊子を持ってきました。冊子の最後の紹介記事に、「通学は必要ない」と書いてありました。他の通信制高校はスクーリングは義務です。
登校義務がないインターハイスクールなら良いと思い入学を決めました。
不思議なことに入学してしばらくすると「学校を体験したい」と感じるようなり、通学を嫌っていたボクがインターハイスクールに顔を出すようになりました。
オルカフェスタという学習成果発表会で司会をしたりして学校活動に積極的になり、友達もたくさんできました。そうした経験から少しずつ自信がついたのかもしれません。学校の屋久島ツアーにも参加して「修学旅行」を体験しました。普通の高校なら修学旅行で京都や沖縄に行きますが、インターハイスクールはなぜか屋久島でした。このツアーは一生心に残るいい思い出になりました。この頃にはもうすっかり僕はインターハイスクールが母校の生徒になりました。

アスレティックトレーナー、ボクはこの道のプロになる!

 インターハイスクールを卒業後、東京のリハビリテーション専門学校に入学しました。高校を出たら働くつもりでしたが、インターハイスクールで栄養学を勉強していくうちに、ダイエット療法に興味を持ちました。インターハイスクールで「学ぶ楽しさ」を知りました。教わるだけの勉強と、自ら学ぶ勉強は違うという事に気づいてから勉強が好きになりました。そして専門学校でスポーツトレーナーの勉強をしようと決心しました。
専門学校では、アスレティックトレーナー学科で勉強しています。アスレティックトレーナーは、サッカー、野球、テニスなどのスポーツ選手のケガを予防する手立て、ケガの応急処置やリハビリを指導するスポーツトレーナーのことです。学校には芸能人や有名人相手の美容トレーナー科もあって、こっちはプロポーションの維持や心身の健康づくりをサポートします。今スポーツトレーナーになろうか、美容トレーナーの道に進もうか迷っています。今の学校は特に解剖学に力を入れていて、「スポーツ」という観点から人間の体を徹底的に教えてくれるのですごく面白いです。学校生活は楽しくて充実しています。
僕は将来、その道のプロとして有名になりたいです。インターハイスクールの後輩に「がんばれば、全てうまくいく」って伝えたいです。自分のやりたいことに真剣に取り組めば、必ず目標に到達できます。
 
<担任(学習コーチ)からひと言>
槙くんは努力家で、どんどん学習力を高めていったタイプの生徒でした。自分の好きなことは勿論、興味あることは積極的に学習へ取り込み吸収していきました。担任(学習コーチ)の提案を聞き入れて自分のものにしていく柔軟な思考力には、感心させられることが度々ありました。槙くんは、いつも自分の気持ちに正直だったので、学習コーチとして指導しやすい生徒でした。

makiプロフィール

NMさん

私立高校入学
インターハイスクール 編入
同校卒業
リハビリテーションの専門学校 (アスレティックトレーナー学科)に入学

     
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「いつか自宅で、ネイルと着付けのサロンを開く」 卒業生 H.Y.さん

好きなこと学ぶ勉強は楽しい

photo07中学校がイヤでした。そしたら先生が「こういう学校もあるよ」と、インターハイスクールの学校説明の葉書を見せてくれました。
それは「通学なしで高校の卒業資格が取れる」と説明していました。
もちろん何もしないで卒業できるのではなく課題も提出物もあります。インターハイスクールは、自分の好きな事や興味のある事について探求して学習すれば単位が取れる学校です。ただ覚えるという勉強ばかりしていた私は入学当初、戸惑いがありました。
でも「好きなことについて徹底的に学ぶ」というインターハイスクールの学習スタイルに慣れてからは勉強が楽しくなりました。
ある時、野外学習で群馬サファリパークに行ってオランウータンと抱き合ったり握手したり、いっしょに写真を撮ったりしました。いま振り返ると、それも心の傷を癒す「生きた授業だったな」って思います。
私は中学3年生の時にインターハイスクールに入学しました。入学して一番自分が変わったことは、思い立ったら行動するようになりました。自分が動かなきゃ、何も始まりらないのです。そして規則正しい生活をするようになり、なんと10キロも痩せました。
それに学校が嫌いだった私がインターハイスクールに行くようになり、学校で仲良い友達もできました。

ネイルと着付けの資格を取る。そのための美容専門学校入学

 インターハイスクールを卒業した後、今は美容専門学校に通っています。ここでは、ネイル・メイク・エステ・着付けを勉強しています。ネイルと着付けは在学中に資格が取れます。将来は自分のサロンを開いて、ネイルや着付けを多くの人にしてあげられたらいいなと思っています。
着付けは師範の免状をもらえて、私が着付け教室を開くこともできます。ネイルも資格試験があって2級をとれば資格保持者として働けます。色彩検定試験にも挑戦するつもりです。
美容専門学校は、作法のとても厳しい学校です。掃き掃除、拭き掃除、窓拭き清掃を定期的にやります。会ったら必ず大きな声で挨拶、校内ではエプロン着用、遅刻は全て欠席扱いです。出席率も95%を取っていないと進級できません。
会釈は15度、敬礼は30度、最敬礼は45度というおじぎの仕方も、将来お客様相手の仕事をするための基本作法です。かなりハードな2年間になりそうです。でも、インターハイスクールで学んだ「思い立ったら行動」の精神で、新しいことに積極的に取り組んで、いつか「自分のサロン開店」の夢をかなえます。 

<担任(学習コーチ)からひと言>
「自分が動かないと何も始まらない」その模範を初音さんはいろいろな形で見せてくれました。「やる」と決めたことをやり通し、結果を出す。個性的な学習テーマと成果物。単位取得の為の提出物は、どれも初音さんの思いが込められ、本当に楽しんで学習したことが分かるものばかりでした。その中でも一番印象に残っているものが「球体作成」です。数学を「いかに楽しく学習できるか」をテーマに見つけ出した学習内容です。多面体作成から始まり、最終の提出物は「球体」でした。そこに辿り着くまでの過程、試行錯誤。その全てが「楽しさ」として初音さんから伝わってきました。素晴らしい学習だったと思います。
入学してから卒業するまで、上手く進まず何度も立ち止まったこともあると思いますが、その度に自分を振り返り、考え直し、また進み出す。決してそこで終わらずにゴールを目指す。初音さんのそんな姿勢は素晴らしかったです。自分の将来に向かってまた新たな一歩を踏み出した初音さん。
インターハイスクールで身につけた「Think Positive」で更に前へ進んでいって下さい。

プロフィール

HYさん

(中学3年在籍中) インターハイスクール入学
同校卒業 
美容専門学校へ入学

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「国際経営学を学んで経営者になるのが夢」 卒業生 A.I.さん

高校へ行く「目的」を求めて

photo04
中学校は好きなバスケットのために通学していたようなもので、中3の夏に部活が終わり高校受験一色になってから学習意欲が下がってしまいました。高校に行く目的が分からなくなってしまって…。
そのうち、学校にも行かなくなりました。 朝から晩まで受験のために勉強をして「高校へ行く意味はなんだろう?」 勉強ってそれでいいのか? という疑問、それが大学受験につながるのかと思うと、好きなことに時間を費やしたほうが自分のためではないかと思ったりしました。  

もともとじっくり考えてから行動をするタイプで、試験のためのポイントを機械的に暗記するような勉強、つまり受験勉強には馴染めませんでした。朝から晩まで受験のために勉強をして、それで高校へ行く意味ってなんだろう? 勉強ってそれでいいのかな? これが人生にとって大事なこと?という思いがあって、それがこのまま大学受験につながるのかと思うと、もっと若い時にしかできないこと、好きなことに時間を費やしたほうが自分のためではないかと思いました。

 そんなふうに「今は色々考え悩む時間も必要なんだ」と過ごした7カ月でしたが、精神的につらいこともあったし、バスケもしたかったし、友だちにも会いたかった。だけどやっぱり、高校へ入ることがすべてじゃないし、自分は、目的がしっかりするまでは行かないと決めていたんです。
親は中学を卒業して進学すると思っていたので、僕がその道を選ばなかったことを心配していました。だけど、少しずつ僕のことを理解してくれるようになり、ある時両親がインターハイスクールを薦めてくれました。

インターハイスクールのシステムで「時間」を有効活用

 インターハイスクールの第一印象は「自分に合っている」という感じでした。教科書がないのには驚きましたが、自分のやりたいことがやれる、自学自習は自立心が養えるかもしれないと思いました。自分の好きな学習をやろう、と目的を持ってインターハイスクールに入学しました。
最初の1年は怠けていました。家にいて一人で勉強するのは慣れていないし、インターハイスクールのシステムに馴染むのに時間がかかりました。そのうち古文読書会などに出席するようになり友人もできました。入学2年目の「オルカフェスタ」で2人の先輩(在校生)に出会い、すごく刺激を受けました。3人で、共同プロジェクトとして「アメリカの9・11」を詳しく掘り下げて調査してみようということになり、半年間に渡り数十回ミーティングを重ね、100ページぐらいのレポートにまとめました。皆それぞれは違うけれど、意見交換しながら1つの成果物(レポート)に仕上げたことは素晴らしい学習体験になりました。

優秀な2人を見て、離されないようにしよう、なんとか近付こう、自分もやらなきゃ、という気持ちになりました。しかし、焦って背伸びして彼らを真似しようにも自分には無理だと分かり、独自の学習スタイルを持つことが大事だということに気がつきました。
またプロジェクトに取り組んでいる間、僕は学習時間をうまく管理できませんでしたが、仲間2人は問題なくやっていました。自分も電車に乗っている移動時間も上手に使うことを教わったりして、少しずつ生徒管理ページの履修カレンダーを学習報告で埋め尽くすくらい、時間を有効に使えるようになりました。インターハイスクールで時間の使い方を工夫できるようになったのは大きな収穫で、このノウハウは今も役立っています。

時間の制約がないのがインターハイスクールの良さです。自分のやりたい学習をどんどん追究できるし、自分でカリキュラムを自由に作れるのです。環境ホルモンについて自分で調べて「オルカフェスタ」で発表したり、英会話クラスに参加したり、インターハイスクールのシステムを最大限に生かせるように、好きなこと、やりたいこと、興味のあることに集中して取り組めたと思っています。

秋からアメリカの大学に進学

卒業後、ロサンゼルスに渡米して毎日楽しく過ごしました。語学学校の寮生活では、英語だけでなく人間関係が一番刺激的でした。日本にいた時は「ネガティブ思考」でしたが、アメリカ人は「やらないと何も始まらない」という意識が強く、「やりたい事をやれると思ってやる」という「ポジティブ思考」に影響されました。
日本へ帰るかアメリカに残るか、と慎重に考えた時、色々な人にアドバイスを聞きました。友人、大学の生徒、友人のホストファミリーにも尋ねました。100人いれば100通りの考え方があるのだから、多くの人の意見を参考にしたいと思いました。ネットでも情報が入るけど、人に会って話を聞くのは重要です。いろんな人の意見やアドバイスをもらった結果「アメリカにいよう」と決めました。
そもそも渡米は「多くの人に会いに行く」という目的もありました。こういう感覚も実はインターハイスクールで身に付いたことです。私がよく回りの人に言われるのは「行動範囲が広い」。探求したものについて分からない時は、どんどん人に聞き回り・・、確かに私は行動範囲が広いのかもしれません。
大学ではインターナショナルビジネスを専攻します。将来は世界を舞台に仕事がしたいと思っています。今後、インターンシップ制度を利用して国際的な企業で仕事をしたいし、ボランティア活動もやりたい。
経営が数字ばかり見ていても、実際に現場で会社のために働いているのは一般社員です。大学で国際経営学を学んで、数字も人もしっかり見て包括的に決断する、そんな経営者になるのが夢です。

itosakuraプロフィール

AIさん 

インターハイスクール入学
同校卒業 
ロサンゼルス Aspect Whittier College 語学学校入学
サンタバーバラシティカレッジ(SBCC)入学




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