★社会人のケース

・ 社会人入学:アメリカで働く夢を叶える為に:M.R.さん
・ 社会人入学:大学でロボット工学を学ぶ為に:T.I.さん

社会人入学:アメリカで働く夢を叶える為に:M.R.さん

社会人で入学をしたMRさんはインターハイスクール入学当時29歳でした。中学卒業後に単独で米国アトランタの公立高校に留学。卒業を目の前に帰国することになってしまいましたが、いつかアメリカに戻って来たいという思いを抱いていました。(教務主任:高橋有希子)

高橋:MRさんがインターハイスクールに入学した経緯を教えてください。

MR:高校の渡米時にお世話になったレストランのオーナーが米国で働けるように職を用意してくれたので就労ビザを取るために高校卒業資格を取ることにしました。12年生の途中までは単位が取れていたので6か月間で卒業が出来ました。

高橋:卒業後に就労ビザは残念ながら取得に至らなかったそうですね。

MR:米国に帰りたい気持ちが16年間消えませんでした。自分の声に従って、米国に戻る資金のためにがむしゃらに働きました。株式会社を立ち上げ内装業をしながら時期を待ちました。

高橋:この度米国の永住権を手に入れることが出来そうです。

MR:レストランのマネージメントをするためにアメリカに戻ります。この時のために英語を忘れないように強制的に英語の環境にしていました。一度米国で採用に立ち会ったことがあるのですが、面接しに来る人は自分の自慢話しかしない。目からうろこでした。そういう環境で人の付き合いを大切にし、外国人も自分の敵ではなくて味方なんだと感じられたことが自分にとって宝でした。

高橋:インターハイスクールで学んだことはありますか?

MR:高校で途中帰国した際に神奈川県の教育委員会に問い合わせたところ、当時はアメリカの高校の単位を振り替えて卒業できる学校はないという回答でした。インターハイスクールを見つけたのはそれから10年後ですが、仕事をやりながら学習をしたので自分のペースが大切に出来ました。

高橋:最後に検討者へ一言お願いします。

MR:自分のように海外経験をしてきた生徒さんであれば一般的な高校に入るよりは環境や多様性がしっくりくるのではないかと思います。

高橋:本日は後輩や学校のために時間を作ってくださってありがとうございます。今後の活躍を心より応援しています。

 

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社会人入学:大学でロボット工学を学ぶ為に:T.I.さんのケース

T.I.さんは18歳の時に事故で頚椎を受傷して以来、車椅子の生活を送っています。社会復帰訓練と職業開発校を経て就職をして、障害者支援や講師など多岐に渡る経験をしてから大学に進学を決意、インターハイスクールに入学しました。入学後1年で高校卒業程度認定試験に合格、今春から地元神奈川県の工科大学ロボット開発専攻学科に進学します。


石塚さんの主な学習履歴

インターハイスクール入学後、高校卒業程度認定試験の学習をして全8教科に合格、同時に8教科=卒業に向けた8単位としても履修できました。(卒業に必要な合計19単位の内8単位を履修)その後英検の学習を英語単位、育児活動を実務学単位、またアメリカ史の学習を中心に単位の履修をしました。

学習履歴

T.I.さんの主な履修科目は

A)英検受験勉強を英語単位として履修
B)WEBデザインや講師活動を実務学の単位として履修
C)ツインバスケットサークル活動を体育の単位として履修

T.I.さん成果物紹介

「頸髄損傷者(けいずいそんしょうしゃ)とは 〜考察レポート:頸髄損傷という障害〜」
はじめに)
今から18年程前、私は当時18歳だった。高校を中退し、社会から外れた生活を送っていたが、何とか自分の道を見つけ、大工職人という目標に向かい始めて1年が経ったある日、その日は普段と変わりなく訪れた。
日曜日であったが職人に休日は関係なく仕事がある、新築アパート全5棟程の建前(上棟式)があった。気の張り詰めた一日が過ぎ、19時半頃家路に着いた。休む間もなく、当時付き合っていた彼女のところへ会いに行く為、身支度をし、食事も取らず、弟達が日テレの24時間テレビを見ているのを横目に、400ccのオートバイで家を出たのを覚えている。その日の記憶はここで途切れている。
次に目を覚ましたときには、市立総合病院の集中治療室であった。その日以来、二度と歩く事は無く、車椅子での生活を送っている。 私は交通事故が原因で、頸髄損傷という障害を負った。頸髄損傷とはいったいどのような障害か、私自身の実体験から以下に説明する。
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